最も手強いのは「新米調査官」……元税務調査官のエピソード

経理担当者にとって最も手強い税務調査官とは、海千山千のベテランか、はたまた何も知らない新米か……今回は私がまだ税務調査官になりたてのころのエピソードを1つ、ご紹介する。

30年ほど前のことだ。20代前半であった私は、兵庫県の西部にある税務署の法人課税部門の調査担当者だった。それまでは2年ほど内部事務を経験しただけ。調査担当に配属されてからはわずか2ヶ月程度で、その間に数件の税務調査を経験したが、いつも先輩に同行して指導を受ける、文字通りの新人だった。

9月中旬のある日、私は部門の端にある自席で調査の準備を終え、同行する先輩の出勤を待っていた。その時、統括官(課長級)席の電話が鳴った。統括官は2分ほど話をし、受話器を置いて私に言った。

「実はB君が高熱のため休暇申請してきた。他は全員予定が入っているからお前、今日は一人で調査に行って来い」

その瞬間、心臓が破裂しそうな気分になったのを税理士に転向した今も鮮明に覚えている。私の初めての単独調査はこうして始まった。

まず調査先に出るまでの30分間で準備調査の内容と統括官の指示事項を見直した。

準備調査の内容は次のとおり。

  • 過去5年分の申告書の見直し作業
  • 過去5年分の申告状況の推移の検討
    ※異常計数の抽出作業
  • 過去の調査状況
  • 資料情報のチェック
  • 取引先の状況
  • 代表者の個人申告状況の確認

外観調査(現金商売等は内偵調査)を実施するケースもあるが、日程の関係上行わないこともある。

統括官の指示事項はこうだ。

  • 現況調査等によって領収証及び請求書等を把握して売上計上を検討するとのこと。

覚悟をきめて税務署の玄関を出る。バスを乗り継ぎ調査先の会社に向かう間、ついに緊張は途切れなかった。震える手で会社の玄関をノックして事務所内に通され、身分証明書を提示しながら社長及び経理担当者、顧問税理士に挨拶する。

これまでは挨拶も先輩任せで自分から口火を切るのは初めてだ。マニュアルどおりに「今日は天気がよいですね。」から会話はスタートした。

税務調査は最初の会話から既に始まっている。ベテラン調査官であれば雑談を交えながら流れるように会社の概況の聴き取りを行うが、当時の私にはまったく余裕がなかった。棒読み状態で会社概況の聴き取りを行い、メモしていく。

聴き取り事項は次の通り。

  • 会社の沿革
  • 業務内容
  • 営業方針
  • 取引先の範囲、取引条件
  • 金融機関との取引条件
  • 役員及び幹部社員の氏名と職務の内容
  • 従業員の状況(責任者、従業員、従事内容)

次はいよいよ本格的な調査に入るべく、総勘定元帳、補助簿、売上及び売上原価、経費等の関係書類等の提示を求める。

調査を進めていくうちに12時になった。調査先のほうで昼食の準備をしていたが、丁重にお断りし外に出る。上司の統括官から絶対に昼食の提供を受けてはならない旨の指示を受けているからだ。昼休憩の間に統括官に午前中の状況を報告し、昼からすべき事項の指示を受けた。

統括官の指示事項

  • 必ず現金監査を行うこと。
  • 必ず現況調査を行うこと。現金監査とは……
    調査時の現金残高と現金出納帳残高が一致しているかを確認する作業で、現金が不一致の場合は原因追及に時間を取られるため、調査日数が追加されたり、調査官に経理全体が杜撰な会社であるとの印象を与える場合があります。
    現況調査とは……
    調査官は脱税行為(重加算税対象)の証拠となる書類、現預金等を把握するため、社長及び経理担当者の机及び金庫・書類保管場所の中を調べることがあります。
    現況調査は調査1日目に実施されるケースがほとんどですか、警戒心の緩んだ調査2日目以降に実施されることもあります。

13時に調査先の会社に戻り、まず現金監査から手をつける。実際の現金残高と現金出納帳残高が一致しており特に問題は見当たらない。次は現況調査だ。

現況調査は調査される側の同意のもとで行われるのだが、される側は決して気持ちの良いものではない。現況調査中にクレームがついたり、拒否されたりすることも多い。経験を重ねていくうちに、現況調査を行わなくなっていく調査官もいる。余計なトラブルを避けるためだ。

だからマニュアルどおりに調査をすすめることしか知らない新人の調査官ほど恐ろしいものはない。調査先の社長及び顧問税理士も、20代前半の経験の浅い調査官に油断したのか極めて協力的であった。もしベテラン調査官であったら、警戒されて現況調査の範囲も狭まったと思う。

社長及び経理担当者の机、金庫、書類保管場所、ロッカー等と現況調査の範囲を広げ、調査も後半に差し掛かったころ。道具箱の中を見ると領収証(売上)綴りがある。それを私が手に掴んだ瞬間、社長の顔が真っ青になった。当時の私でも、この領収証綴りには何かあるのではないかと感じた。

早速、売上帳と道具箱の中にあった領収証(売上)綴りの領収証控を突合したところ売上が計上されていない。その事について社長に質問すると、現金売上の一部を売上除外(売上を抜く)して個人的に費消していた事実をあっさりと認めた。

調査1日目はそうして終了し、帰署して統括官に売上除外を見つけたとの復命を行った。後日、現金売上先への反面調査を行うとともに銀行調査も実施し、売上除外の全容を把握。私の単独調査デビューはこうして終了した。

あの時の現況調査は私の調査官人生の中でも最高の出来だったと思う。新米がやってきたら、ご注意されることをおすすめする。

経験の浅い調査官ほど手強い!?

  • マニュアル等に沿って基本に忠実
  • ガムシャラ派が多い
  • 経験が少ない分、マニュアルに忠実で失敗も少なく恐さも知らない
  • 上司(統括官)への復命を確実に行う

参考…元税務調査官の知恵袋「若手調査官も手強い!」