雑談こそが税務調査……元税務調査官のエピソード

時に人は見られたくないものを隠すために嘘をつくことがある。私も税務調査官として未熟だったころは、調査先の社長さん達に随分と騙されたものだった。しかし、嘘にはかならず「綻び」がある。その糸口となるのは、膨大な情報の蓄積だけではなく、調査官と対象者の何気ない「雑談」であったりもするのだ。これは私が税務調査官時代に経験したエピソードである。

あれは私が兵庫県東部にある税務署に転勤して3か月が過ぎた10月頃だった。税務調査の仕事にも少し慣れ、若干であるが精神的な余裕も出来た頃だ。

私はいつものように、ある製造業を営む会社の税務調査を行っていた。応対した社長さんは、温厚で笑顔が似合う、模範的でまじめそうな人間に見えた。話し方も非常に丁寧で、調査にも協力的だった。

しかし、税務処理には多数の問題点があった。調査をすすめるにつれ、温厚な笑顔をたたえた社長さんは次第に言葉も乱暴になり、常識では考えられない弁明を繰り返すようになる。挙句の果てには調査非協力の態度をとるまでになった。

ミスを指摘されてプライドを傷つけられたと感じたのか、最初から嘘をついていたのか。どちらが彼の本当の顔なのかは最後まで分からなかった。

他にも涙を流しながら「私のことを信用してください!」と言う調査先の社長さんに思い切り騙されたこともある。人間は表と裏のある動物で、お金が絡むと人間性までも変化することがあるらしい。まだ若くて未熟だった当時の私は、調査官という仕事は騙されることがつきものだ、と理解しつつも次第に人間不信に陥ってしまった。

そんな私に「調査中の雑談に力を入れよう!」とヒントをくれたのは上司である統括官(課長級)だった。仕事も抜群に出来たが、なによりも人間的にも優れていた。私の調査官人生において最も尊敬できる上司であった。

何気ない会話には調査対象に関するたくさんの情報が含まれている。雑談によって人間関係を築くことができるだけでなく、調査を進めるうえでのヒントを得ることができるということであった。

調査中の雑談の重要性

税務調査の第1目的は、売上除外など帳簿等に記載されていない簿外取引を見つけることである。しかし帳簿調査だけで見つけることは困難なため、聴き取り調査が重要となってくる。
事務的な会話の聴き取り調査では、調査される側も警戒して真実を喋らない恐れがある。そこで趣味、経歴、交友関係、日常等を雑談を交えながら気軽な雰囲気で会話することで、相手を警戒させずに調査を進めることになる。

 会話中の注意事項

  1. 相手に分からない税務の専門用語は使わない
  2. 相手に話す機会を与え途中でさえぎらない
  3. 相手の自尊心を傷つけない
  4. 最悪の場合でも、相手方のすべての者と対立しない
  5. 短気、せっかちを避け、腰くだけにならない

税務調査の相手となる経営者やその会社の顧問税理士は、当時の私よりも年上で人生経験も豊富な人が多かった。そんな人達を相手にスムーズに雑談ができるのかどうか、当時は不安だった。

「騙されるのは仕方がない」と励ましてくれる上司の豊富な経験談を踏まえたアドバイスに、私は自分なりに努力して少しでも調査能力を向上することを胸に誓ったのだった。

 

参考……調査を受ける側の調査中の注意事項

  • 挑発的な態度をとらないように(挑発的な態度に燃え上がる調査官もいる。)
  • 調査官の質問に対して回答をコロコロと変えないように(調査官の心情としては信用できなくなる。)
  • 税務調査中の調査官は敵である(調査官に心を許さぬように気を付ける。)
  • 調査官との会話中は目をそらさないように(調査官に誤解を与えるケースがある。)
  • 余計なことは喋らない
  • 調査能力の高い調査官ほど雑談が上手
  • ベテラン調査官ほど雑談時間が長い
  • 経歴や交友関係を喋るときは慎重に
  • 雑談でも、まじめな印象を与えるように心掛ける