脱「若手」で得たもの・失ったもの……元税務調査官のエピソード(決算期末処理)

真面目に仕事と向き合っていればいつかは「新米」ではなくなる日がやってくる。経験を積むことはもちろん喜ぶべきことなのだけれども、得るものばかりではない。若手の税務調査官でなければ持っていることができない資質もまた、存在するのである。

平成3年7月10日、間税部門の消滅ととともに部門間交流を終了した私は、兵庫県東部の同じ税務署で、法人課税部門に配置換えとなり、そこで引き続き消費税及び印紙税などの間接諸税を担当することとなった。

比較的小規模な税務署だったので、法人課税部門の消費税等担当者は私一人だけ。消費税法が平成元年4月に施行されたばかりで質問が非常に多いのにも関わらず、部内からの電話や来客による質問は私一人で対応しなければならなかった。内線電話が鳴ったり調査担当が私の席に近づいてくるたびに、緊張で胸がドキドキしたものだった。

もちろん自分の知識だけでは追いつかず、同地域の中心的な税務署の消費税等担当者や国税局には何度も質問したり問い合わせを行った。いま振り返り思えば、それが非常に良かったと実感している。私の消費税及び印紙税の審理力は、この経験があったからこそだ。消費税等担当者の2年間は、私の税務人生の土台作りができた期間であった。

消費税等担当者を2年間経験した後、私は大阪市内のある税務署に転勤となり、法人課税部門の調査担当となった。そこでも経験を積み、私は確実に税務調査官として成長していった。

調査能力が向上したことによって要領よく税務調査を行えるようになった私は、問題点が発生しやすく否認(追徴税額)ケースの多い決算期末処理の確認を中心に調査を行うようになっていた。

 

決算期末処理で否認(追徴税額)が多い調査ポイント

  • 棚卸資産除外等の利益圧縮(脱税行為)が行われることが多い。
    ※棚卸資産除外は、役員や経理責任者などごく限られた者によって行うことができるため、利益圧縮の手段として多く利用される。
  • 売上繰延計上(翌期計上)漏れなどの単純ミスが発生しやすい。

※期末計上の状況によって、その会社の経理状況を判断する調査官もいる。

決算期末処理の勘定科目別の注意点

1. 売上計上

  • 請求が翌期分でも既に商品の引渡しや役務の完了されている取引はないか。
    例えば3月31日決算期で、4月分請求書の中に3月分の売上はないか。
  • 決算期末の売上計上について、帳端分の計上漏れがないように注意する。

2. 仕入・外注費・一般管理費の計上

  • 決算期末までに翌期分の経費等を支払っている場合は前払費用に計上しているか。
    例えば3月31日決算期で、3月までに支払った経費等の中に翌期分はないか。

3. 期末棚卸資産の計上

  • 預け在庫及び積送品の有無の確認はされているか。
    預け在庫及び積送品については現物が手元になく計上漏れしやすいため、必ず有無を確認をする。
  • 廃棄した棚卸資産については、廃棄についての詳細を記録しておく。
    廃棄した棚卸資産については、税務調査で必ずチェックされるので詳細についても記録しておく。

4. 減価償却費の計上

  • 新たに購入した機械等は、決算期末までに事業の用に供しているか。
    決算期末までに機械等を購入していても事業に供していなければ減価償却ができないので注意が必要である。

5. 仮払金の計上

  • 決算期末時点で仮払金に計上すべきか。
    決算期末時点において、支払いの使途が明確になった仮払金については、経費等の勘定科目に振替えているか。

6. 仮受金の計上

  • 決算期末時点で仮受金に計上すべきか。
    決算期末時点で、売上等が確定して収益に計上すべき仮受金はないか。

もちろん決算期末処理ばかりに調査時間と力を注いて、他の調査項目が疎かになってしまえば元も子もない。当時の私の「成績」は調査2年目までに比べて、申告是認(問題なし)の件数は減少したが、売上除外(簿外売上)を発見した件数も減少した。

もしも、若手の頃のようにただひたすらにガムシャラな調査を行うことができていたらどうだったろうか。

例えば現況調査。若手の現況調査は基本に忠実、そして丹念だ。しかし現況調査中にトラブルや拒否などを何回か経験してしまうと、ガムシャラに現況調査をすることが出来なくなってしまう。「これ以上現況調査を行うと、相手とトラブルになってしまうのではないだろうか」……そんなことが脳裏に浮かんでしまうと、形をつくろった中途半端な調査しか行えなくなるものだ。

調査に用いることができるリソースは無限ではない。一人前の税務調査官になるなら効率の高さは必須である。

しかし、もしもあの頃、トラブルを警戒するのではなく、トラブルの回避方法やその後適切な対応をする能力を全力で身につけていたらどうだっただろうか。若手のように基本に忠実で且つガムシャラな現況調査法を維持できたのではないだろうか。私はそのことを、今でも少しだけ後悔している。