あの裏交際費の資金出所を確認せよ!!……元税務調査官のエピソード

取引先の担当者やキーマンに「裏交際費」を渡して、その後の円滑な取引を約束してもらう……という話を耳にしたことはあると思う。今回はこうした裏交際費の出所を突き止めた際のエピソードである。

私が大阪市内のある税務署に転勤して3か月が過ぎた。前任の兵庫県東部のある税務署よりも規模が大きく、最初のうちは雰囲気に慣れるのに大変だったものの、統括官(課長級)以下メンバーに恵まれ、仕事もスムーズに回りはじめていた。私がA社の税務調査を行うよう指示されたのはそんな時だった。

A社は建設業で、中堅の建設会社であるB社の下請け業者であった。前回の調査によれば、社長Cは非常に真面目で温厚であり、経理知識も豊富であるらしい。しかし、裏交際費資金の捻出のために架空外注費を計上していたのが見つかっており、要確認事項として「引き続き裏交際費資金の捻出のために売上除外(未計上売上)や架空外注費等を行う可能性がある」と記載されていた。

こうした裏交際費のやりとりは往々にして内密に行われるので、正当な経理処理をすることができない。少額であれば社長のポケットマネーでまかなうケースもあるだろうが、多額となると会社の経理を誤魔化して資金を捻出することになる。未計上の売上(売上除外)、あるいは外注費やその他の経費を架空に計上して支出したと見せかけた金銭をこれに充てることが多い。

準備調査の結果、今回も次の事項にポイントを絞ることにして、統括官に準備調査資料を提出した。

  • 現在も裏交際費は必要なのか。
  • もし裏交際費が必要な場合は、どのようにして資金を捻出しているのか。

統括官からの指示も、やはり裏交際費資金捻出のための売上除外(未計上売上)並びに架空外注費等計上の有無を確認すること、であった。

そしてA社の顧問税理士を通じ、10日後にA社の税務調査を行うことを事前通知。当日午前10時にA社に赴いて社長Cと経理担当者、顧問税理士に挨拶するとともに調査協力を要請した。

調査はいつも雑談から始まる。前回調査担当が記載していた通り、社長Cは非常に真面目で誠実であり、経理知識も豊富であった。雑談に混ぜた会社概況の聴き取りからも裏交際費の有無のヒントを得ることはできない。

午後からは帳簿調査で売上勘定そして外注費を調べていく。外注費については、架空計上がしやすい現金支出を中心に調査、その後、材料仕入、期末未成工事支出金等と調査を進めていくも特に怪しいところは見当たらない。時刻も午後4時半を過ぎていたのでここで1日目の調査は終了。帰署し、統括官に復命し2日目の調査に関する指示を受ける。「原価率の高い工事の外注費を念査せよ」とのことだった。

調査2日目、午前10時にA社に赴き、指示通り原価率の高い工事の外注費を念査した。すると奇妙な点が見つかった。F社の下請けの工事に関しては、他の工事に比べて原価率が高いのである。

工事内容等を見積書、請求書等の証票類及び工事原価台帳から確認したところ、G社が作業している工事部分とF社の工事部分が重なっている。両社とも支払い方法は小切手である。

2日目の調査を終了後、F社とG社の所轄の税務署に申告状況を確認すると以下の事実が明らかになった。G社は申告書の「勘定科目内訳明細書」の売掛金の欄にA社の記載があり、売掛金額もA社で計上している外注費と一致した。つまり取引の実態がある。

しかしF社は申告どころか会社登録がない。地図にも記載がなく、会社があるとされる住所にも所在を確認することができなかった。つまり、F社への外注費は架空に計上された可能性が高い。

直ちに銀行調査を実施し、外注費の支払いとしてF社に対して振り出した小切手の取立口座を調べてみたところ次の事実が判明した。

  1. 小切手の取立口座は、A社の社長Cの個人預金口座であった。
  2. 社長Cの個人預金口座の入出金状況を確認したところ、小切手入金後の2日以内にほぼ同額の金額が出金されていた。

後日、顧問税理士立ち会いのもとで社長Cを追及すると、B社の下請業者を取り仕切る部署の責任者に「裏交際費」を渡す必要があったこと、その資金を捻出するために、F社の外注費を架空に計上していたことを認めた。B社の下請業者として取引を行っていく上で仕方がなかったと弁解しつつ、青ざめた表情で、私と顧問税理士に「本当に申し訳ありませんでした。」と何度も頭を下げた。

私は架空外注費などの不正経理を今後二度と行わないように改善することを社長Cに強く求め、社長Cと顧問税理士は、今後二度と不正経理を行わないと私に誓ってくれた。

しかし、疑問は残る。

現実問題として、B社の責任者に渡していた現金は、社長Cのポケットマネーで賄える金額ではない。今後も「裏交際費」が必要な場合はどうするのだろうか。

その頃、私が20代だった平成一桁年度当時は建設業、その他の様々な業種においてこうした裏取引が半ば公然と行われていた。ひょっとしたらまた同じことが繰り返されるのではないか……そう不安に思ったことを今でも鮮明に覚えている。大阪市内のある税務署で1年目に経験した出来事であった。